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10年日記(仮) (1)

 ――私はどうして雨が好きなんだろう?

 雨はしんしんと降り続き、私がいる二階の窓から見える景色を、つまり私の視界に入るもの全てを濡らしていた。今年の夏は雨が多い、ニュースでは記録的な冷夏になるだろうということだった。夏が雨に浸食されているような気さえする。
 私は雨が好きだ。もちろん降りすぎると困ることもある。けれどそれでも、雨の降り始めの水の匂いや、降っている最中のあの静けさや、降り終えた後の庭の緑のむせ返るような匂いなど、全てが好きだ。
 どうして好きなのかは上手く説明は出来ない。大人になった今でも。だけど、雨が降るとどうしてか何かに包まれたような、大きな安心感を感じる。目を閉じると誰かの温もりに触れているような、そんな気がする。それがどうしてなのか、自分でもよく分からない。分からないから、上手く説明が出来ないということにしている。
 夫の透は逆に雨が苦手。何でも、「雨が降ると余計な荷物を背負ってしまうようで嫌い」なのだそうだ。雨が降っている朝はそれを言い訳になかなか起きようとしない。それを見ると、『かわいい奴』と思う反面、子供も出来たのだからもう少ししっかり出来ないのかなと、情けなさで少し泣きそうになる。

「陽ちゃーん、準備は進んでるのー?」
 階下からの透ママの大きな声に急に現実に引き戻された。肝っ玉母さんタイプの義母は私の母と幼馴染なので子供の頃から見知っている。本名は『静子』と言うのだが、私達は『透ママ』と呼んでいる。『ママ』の部分に、たっぷりの愛情を込めて。
 母親同士が幼馴染、そして家が近いということもあって、当然私と透も幼馴染。早生まれの透と、たった三ヶ月遅く生まれたため一つ学年が下になってしまった私とをベビーベッドに並べて、「二人が結婚して私達が親戚になったらステキねー」と母と透ママは密かに夢見ていたらしい。――まんまと二人の思惑通りに事は進んでしまったわけで少し癪なんだけど、透ママの娘になれたことは素直に嬉しかった。

 陽ちゃーん?との再度の問いかけに、
「はい。少しずつやってます。」
 私はドアを少し開け、階下に向け力なくそう答えた。
「そうー?ゆっくりでいいんだからねー。引越しは明日なんだからー。」
 そう。私は明日引越してしまう。引越しと言っても、近くにある実家に子育てのために戻るだけなので、大きい荷物は持っていくつもりはない。身の回りのものをダンボールにまとめる程度で。それに、私達夫婦の部屋はそれほど広くない。もともと透の部屋だったところに結婚して私が入ったからだ。それでも、作業は遅々として進んでいなかった。
 元気の無い私に対しての透ママの心遣いが温かく、小さく「ありがとう。」としか答えられない自分が恥ずかしかった。

 それを見つけたのは、本棚の整理をしていたときだった。透の大学時代の教科書の横に置いてあったから今まで見逃していたのだと思う。それは数冊の大学ノートだった。表紙には『Dairy』と書いてある。透の日記かな・・・とふと思う。でも、日記をつけてるなんて全く知らなかった。結婚して一年以上経つのに。ここ数日間ずっと考えてたけど、私、透のことを何でも知ってるようで何にも知らない。こんなに近くでずっと見てきたのに・・・。
 何気なくぱらぱらとめくってみる、その日記は見知った字で埋まっていた。透の温もりを確かめるように字を指でなぞる。もちろんその字は無機質で、私に何かを語り掛けてくるわけでもなかったが、そこに透がいるような気がして少しだけど安心できた。
 何か透の秘密を覗いているようで少し申し訳ない気もしたけれど、少し読んでみようと思った。読めば透に近づけるような気がして、少しでも透の存在を近くに感じていたかった。


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